
Team
チーム
皆さんは「生物学の実験」という言葉から何を連想するでしょうか。 白衣を着てフラスコを振ったり、顕微鏡を覗いたりする姿を思い浮かべる方が多いかもしれません。もちろん、それらも重要なプロセスの一部ですが、iGEM における「実験」は、それだけでは語り尽くせません。合成生物学は、遺伝子工学に加えて、数理生物学やバイオインフォマティクス、さらには倫理・社会学までもが複雑に絡み合う学際的な学問です。そのため、私たちの研究活動はコンピュータ上で理論を構築する「Dry 班」と、その理論を物理的な生命体として形にする「Wet 班」、社会と対話し、連携することで研究の価値を高める「HP 班」の三輪で駆動しています。他にも、チームにはこれらの研究活動を支えるWiki 班、Video 班、Illustrator 班があります。
Wet
Wet 班のミッションは、いわば生命の設計図である DNA を読み解き、新たな機能を備えた生物学的回路を物理的に構築することにあります。
私たちは、エンジニアリングの基本サイクルである DBTL サイクル(Design - Build - Test - Learn)に基づき、主に以下の4つのステップで研究を推進しています。
I. Design & Build:遺伝子回路の設計と物理的構築
合成生物学において DNA は情報です。特定の毒素を検知して光る生物など、自分たちの望む生物システムを実現するために、私たちは以下の論理的プロセスを踏みます。
目的の定義 → 必要な遺伝子の特定 → 遺伝子の配置・制御の最適化 → 生物導入用 DNA の設計
このフェーズでは、Wet のメンバーも PC 上でソフトウェア Snap Gene® を駆使し、塩基配列というコードとにらめっこを続けます。設計が終われば、制限酵素や合成技術を用いて、そのコードを物理的な DNA 分子として結合していきます。

Fig.1-1 遺伝子設計ソフトウェア Snap Gene® による遺伝子回路構築画面
II. Test:モデル生物へのインストール
構築した遺伝子パーツが、実際に生命の中で機能するかを確かめるステップです。iGEM - Waseda では、主に大腸菌をシャシーとして利用しています。 作成した DNA を大腸菌に導入し、彼らの代謝系を利用して私たちの設計したプログラムを走らせます。

Fig.1-2 蛍光タンパク質を発現させた大腸菌抽出液

Fig.1-3 実験の様子
III. Scale-up:自己複製能を利用した増産
生物が機械と決定的に異なる点は、「自己複製」ができることです。 1つの細胞は培養によって指数関数的(N × 2n)に増殖します。もちろん、成長曲線に伴う抑制もありますが大体このぐらいです。この驚異的な増殖能を利用することで、私たちが設計した遺伝子パーツやその産物であるタンパク質を、効率的に増幅することが可能になります。

Fig.1-4 微生物の増殖に伴うタンパク質生産のモデル図
IV. Analysis:機能の解剖と社会実装
最後に、産生されたタンパク質が期待通りの性能を発揮しているかを厳密に分析します。 タンパク質は、生命活動のあらゆる局面を担うナノマシンです。口腔内で白米を甘く変えるアミラーゼのように、特定の化学反応を触媒する機能もあれば、ホルモンを検知するセンサーとしての機能もあります。iGEM - Waseda は過去に、世界で初めて合成生物学によって女性ホルモンを検知するという成果を収めています。Wet 班の活動のゴールは単に実験を成功させることではなく、その成果が社会の課題に対してどのような解決策を提供できるかを証明することにあります。

Fig.1-5 iGEM - Waseda によるプロゲステロン検知の実験成果
Wet 班の魅力は、自ら設計した論理が生きた細胞の中で「鼓動」し始める瞬間にあります。 そこには教科書通りの反応もあれば、生命特有の複雑さゆえの予想外の結果もあります。その一つひとつを観察し、Dry 班とデータを共有してモデルを洗練させていくプロセスこそが、合成生物学の醍醐味です。私たちは試験管の中の小さな宇宙を通じて、未来の「生命のあり方」を模索し続けています。
Dry
Dry 班のミッションは、複雑な生命現象を数理モデルで表現したりコンピュータ上で生体分子を扱うことにより、新しい生物を作り出す手助けや実験結果の予測を行うことです。
Dry 班はプロジェクトによって様々なことに取り組んでいますが、以下では代表的なものを具体例を交えながらご紹介します。
I. Modeling
iGEM のプロジェクトでは、目的の化学物質を生成するために人工遺伝子回路を構築する必要があります。人工遺伝子回路とは、生物内部の遺伝子やタンパク質の働きを模倣した、合成的な遺伝子回路のことです。

Fig.2-1 人工遺伝子回路の例
iGEM ではこの遺伝子回路を大腸菌などに導入して実験を行いますが、時間や資金が限られているので全てを実験することはできません。そのため、この遺伝子回路を微分方程式と呼ばれる数式で表して検証するということをしています。

Fig.2-2 微分方程式の例
この式は人間の手で解くことができないため、Python、R、MATLAB といったプログラミング言語を使って近似的に解き、グラフで可視化する作業を行います。

Fig.2-3 コンピュータシミュレーションの結果
このようにすることで自分たちで設計した遺伝子回路の挙動を検証することができます。同様のプロセスを踏むことで、自分たちのプロジェクトで提案しているものが既存手法と比べてどれほど優れているか、社会実装をした時にどれほどのインパクトがあるかといったことも検証することができるようになります。iGEM では、ただ新しい生物システムを提案するだけではなくそれをどのように社会実装するかということを考える必要があるので、その中で Modeling は重要な役割を果たしています。
II. Protein Simulation
自分たちのプロジェクトの目的を達成するために、今あるタンパク質を改良したり全く新しいタンパク質を作り出すことがあります。しかし、タンパク質は20種類のアミノ酸が大量に結合したものであり、数え切れないほどの組み合わせが考えられるため、Wet 実験のみで有効なタンパク質を発見するのは困難です。そのため、Dry 班で機械学習を使った設計ツールを使用しこれらのタンパク質を作り出しています。例えば、2024 年度は ESM3 というタンパク質言語モデルを用いて PETase と呼ばれる PET を分解するタンパク質の性能向上を目指しました。
また、AlphaFold と呼ばれる機械学習モデルを用いて作成したタンパク質の立体構造を生成し、それを使ってコンピュータ上でタンパク質の特性を評価することもしています。

Fig.2-4 AlphaFold で生成したタンパク質立体構造
このようにすることで、Wet 実験をより効率的に行うことができるようになります。また、Wet 的観点のみならずDry 的観点からもそのタンパク質の特性を評価できるようになります。
III. Software
Dry 班では Software を開発することもあります。例えば、2020 年度には Modeling で作成した微分方程式のパラメータを直感的に操作できる教育ツールを作成しました。これ以外にも合成生物学の普及のためのアプリやゲーム、ラボオートメーションのための自動測定ソフトなど、iGEM における Software のジャンルは多岐にわたります。

Fig.2-5 微分方程式のパラメータを直感的に操作できる教育ツール
IV. Hardware
プロジェクトによってはハードウェアを開発することもあります。2024 年度は Wet 実験に使う電源装置を自作しました。

Fig.2-6 作成した電源装置
このように Dry 班の活動は多岐にわたっています。バイオ × 数学・コンピュータ・ソフトウェア・電気工学などといったキーワードに興味を持つ方にピッタリです。iGEM は合成生物学の大会だから、Wet がメインで Dry がサブというイメージを持たれる方もいるかもしれません。しかし、Wet 班と同様に Dry 班も主体的にプロジェクトを進めています。Dry 班の活動に少しでも興味を持っていただければ幸いです。
Human Practice
Human Practice 班のミッションは、研究と社会のつながりを考えながら、社会の声を取り入れて研究をより良いものにしていくことです。
具体的には、専門家やステークホルダーへのインタビューを実施し、技術的な懸念点や社会的ニーズを調査します。加えて、倫理性、安全性、法規制の観点からプロジェクトを検討します。これらを通じて得られたフィードバックをプロジェクト設計に反映させます。
たとえば、2024 年度のプロジェクトでは日本最大の下水処理場である森ヶ崎水再生センターを見学し、都市下水がどう処理されるか理解し、自分たちのプロジェクトの位置づけを確認しました。

Fig.3-1 専門家やステークホルダーへのインタビュー
また、自分たちの研究内容や分野を分かりやすく伝える教育・アウトリーチ活動なども Human Practice 班の活動内容の一つです。
たとえば、2025 年の夏休みには AI に関する小学生向け実験教室を開催しました。

Fig.3-2 小学生向け実験教室
研究活動と社会をつなぐ架け橋となり、実践的なアウトプットを追求できるのがHP班の魅力です。研究を研究室の中だけで終わらせず、その価値を社会全体へ届ける情熱を持った仲間を待っています。
Wiki・Video・Design
Wiki
Wiki とは、そのチームのプロジェクトを説明する Web ページのことです。プレゼンテーションだけでなく、Wiki を通しても審査員にプロジェクトを評価してもらうため、プロジェクトが評価基準を満たしていることを文章などや図で目一杯アピールします。プロジェクト概要、Wet、Dry、Human Practice など、そのチームの活動内容が全て盛り込まれています。
Wiki 班は主にプログラミングをして Wiki を作成する活動をしています。CSS や HTML、JavaScript といったプログラミング言語を用いて、各班が作成した Wiki の原稿をホームページ上にあげてゆきます。Wiki 班の使命は Web ページを作成することだけではありません。Design 班と連携をとって Wiki 全体のデザインを考えながら進めたり、効率的に Wiki を実装するためのシステムを考案して実装したりしています。ただ Wiki を実装するだけでなく、現状の問題点から必要なシステムを考えて実装したり、Wiki 作成の全体的なマネジメントをすることもできます。

Video
主に Rush や Premia Pro というアプリを用いてビデオを作成しています。2024 年度は、大会で提出するプロモーションビデオとプレゼンテーションビデオを作成しました。これらを通しても審査員にプロジェクトを評価してもらうため、プロジェクトが評価基準を満たしていることを適切に英語で伝える必要があります。そのため、英語が得意な方も活躍できます。
Design
Illustrator というアプリを使ってイラストを作成しています。Wiki 班と協力して、Wiki 全体の配色や構造などのデザインを決めたり、Wet 班や Dry 班、Video 班などから依頼のあったイラストを作成しています。特に大会期間には、Video 班や Wiki 班と連携しながら Wiki やプロモーションビデオのデザインの統一感を持たせます。イラストを描くのが好きな方、やってみたい方にピッタリです。
